1 名前:樽悶 ★:2019/07/16(火) 22:46:49.92 ID:lelxfZaC9.net

東京国立博物館(上野)で開催中の特別展「三国志」(新華社/アフロ)
https://amd.c.yimg.jp/amd/20190713-00000003-pseven-000-1-view.jpg

 2~3世紀、中国大陸で漢帝国の滅亡後に魏・呉・蜀が並び立った「三国時代」。その時代を描いた『三国志』といえば、日本でも小説や漫画、ゲームの題材として人気を博している。現在、東京・上野の国立博物館では、曹操の墓からの出土品など近年になって新たに発見された三国時代の考古史料を集めた特別展が開催中だ。歴史作家の島崎晋氏が、「三国志」と日本の深いつながりを解説する。

 * * *

 今年は日中文化交流協定締結から40周年ということで様々な記念行事が予定されているが、そのなかでも最も力の入れられているイベントのひとつが、上野にある東京国立博物館の平成館で開催中の特別展「三国志」である。

 実は三国志には4世紀初頭に陳寿という人によって著わされた歴史書の『三国志』と、14世紀後半に羅貫中によって著わされた小説の『三国志演義』の二つがある。特に後者はおそらく日本で最も多くの読者を獲得している海外文学の一つであろう。

 江戸時代末期には葛飾北斎の門下生・葛飾戴斗が作画を担当した『絵本通俗三國志』が大人気を博し、昭和には吉川英治や柴田錬三郎、陳舜臣といった日本を代表する有名作家がそれぞれ三国志を題材にした長編を著わしている。平成以降はゲームや漫画から三国志にのめり込む人も増え、およそ10年周期で大きなブームが繰り返されるようになった。

 三国志の魅力は、個性豊かな登場人物がそれぞれの理想や目的のために知恵と力の限りを尽くして繰り広げる人間模様にある。単なる群雄割拠でも二雄対決でもなく、群雄割拠が三大勢力にまで淘汰され、一強対二弱で均衡を保つ微妙な関係が他の動乱期と一線を画し、興趣を増す要素となっている。

 日本史との関係でいえば、歴史書の『三国志』は日本について言及した最古の文献史料でもある。『三国志』は「魏書」「呉署」「蜀書」の三部からなるが、その「魏書」の中の「東夷伝」の中に倭国、すなわち日本について触れた部分があるのだ。俗に「魏志倭人伝」と呼ばれ、日本の歴史書には登場しない邪馬台国と卑弥呼の名が初めて登場するのもその部分である。

 卑弥呼が魏の都に最初の使節を送り出したのは238年のことで、魏からも答礼の使節が倭国を訪れていることから、「魏志倭人伝」の記述はその使節の報告書をもとに記されたと考えてよい。

 だが、そこに問題がないわけではない。双方の言語を操る通訳がいたとは思えず、日本側がいまだ無文字社会であれば筆談もできない。いったいどうやって意思の疎通や細かなやりとり、情報の収集が行なわれたのかが謎のままなのである。

 一つ考えられるのは中国語と朝鮮語の両方を操れる者、および朝鮮語と日本語の両方を操れる者が同行。二重通訳によりコミュニケーションが図られた可能性である。これであれば倭国に関して詳しく記されているのも納得がいく。

 今回の三国志展では卑弥呼と同時代の文物が数多く展示されるので、『三国志演義』のストーリーやひいきの登場人物に熱を上げるもよし、三国志の動乱に遠く日本も関わっていたことに思いを馳せるのもまた一興であろう。

【プロフィール】しまざき・すすむ/1963年、東京生まれ。歴史作家。立教大学文学部史学科卒。旅行代理店勤務、歴史雑誌の編集を経て現在は作家として活動している。著書に『ざんねんな日本史』(小学館新書)、『春秋戦国の英傑たち』(双葉社)、『眠れなくなるほど面白い 図解 孫子の兵法』(日本文芸社)、『いっきにわかる! 世界史のミカタ』(辰巳出版)、『いっきに読める史記』(PHPエディターズ・グループ)など多数。

7/13(土) 7:00配信
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190713-00000003-pseven-life


引用元:http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1563284809
9 名前:名無しさん@1周年:2019/07/16(火) 22:55:14.23 ID:eBaCDbjK0.net

そんなもん倭人をひとり中国に居住させて言語を習得させればいいだろ

13 名前:名無しさん@1周年:2019/07/16(火) 22:57:30.67 ID:EDW2HynY0.net

また奈良説と九州説の罵り合いが始まるのか



113 名前:名無しさん@1周年:2019/07/17(水) 04:43:04.72 ID:HPnXLHwy0.net

>>13
近畿パーって精神障害者だからね。
近畿パーが全部悪い。
九州説明は単に正論を言っているだけ。


31 名前:名無しさん@1周年:2019/07/16(火) 23:07:41.53 ID:8p0DGtjV0.net

シンシンとロンロンもう知ってる人いないだろうな

35 名前:名無しさん@1周年:2019/07/16(火) 23:08:53.75 ID:yoc83gp70.net

なんで三国志関連の本が多いのかと思ったらそういうことか

45 名前:名無しさん@1周年:2019/07/16(火) 23:20:45.26 ID:xg68ND1s0.net

絵本通俗三国志は字一覧表でお世話になった

122 名前:名無しさん@1周年:2019/07/17(水) 07:53:58.94 ID:HPnXLHwy0.net

糞食い近畿パーは何引き分けみたいにしようとしてんのこのカスwwwww

143 名前:名無しさん@1周年:2019/07/17(水) 12:01:48.34 ID:yi8FY6zd0.net

ちなみに演義じゃない国史のほうでは孔明さんとかどんな活躍してはるん?

145 名前:名無しさん@1周年:2019/07/17(水) 12:26:39.08 ID:RWigp/uk0.net

今回の三国志展示会で邪馬台国・卑弥呼ネタなんて方格規矩鏡のところであっさりと触れたくらいだよね。

154 名前:名無しさん@1周年:2019/07/17(水) 12:48:32.68 ID:sqDnQmOM0.net

三国志時代の中国人が南と東の区別も付かなかったとするのが邪馬台国畿内説。

163 名前:名無しさん@1周年:2019/07/17(水) 12:57:16.70 ID:B+ORH66G0.net

@阿波は徳島県民を陥れるようなことはするな



165 名前:名無しさん@1周年:2019/07/17(水) 12:58:49.43 ID:u4Dxff5D0.net

>>163
倭国乱は、倭国(阿波)国内での争乱。  

中国の三国(魏・蜀・呉)ならいざ知らず、弱小の卑弥呼時代に大軍を率いて西日本一帯を戦い歩くことなど不可能。  トンデモ説は、あまりにも兵站を無視しすぎ。   @阿波


197 名前:名無しさん@13周年:2019/07/17(水) 14:38:46.32 ID:AQUcG8kuo

記紀の成立が8世紀と異常に遅かったのは、大和朝廷が日本をほぼ統一して、やっと大和語が公用語として統一日本語(特に書き言葉で)になったからだろう。



199 名前:名無しさん@13周年:2019/07/17(水) 14:50:34.73 ID:AQUcG8kuo

外国語の発音を日本語で表記する方法は今でも少しづつ変わっているだろ。日本は伝統的に原語のスペリングを再生するのに便利な表記を好んだ。それでべートーヴェン、エルヴィス・プレスリーなどと表記されたが、今ではベートーベン、エルビスが標準。

202 名前:名無しさん@13周年:2019/07/17(水) 15:04:15.78 ID:AQUcG8kuo

歴史は総合学だから、雑学的にいろいろな分野の知識を持つ者に向いている。松本清張が歴史に対する洞察力が深いのもそうだ。テレビに出る人間の中では、やくみつるが一番向いているかもっしれない。専門バカの考古学者は歴史を語らない方が良いw

256 名前:名無しさん@13周年:2019/07/17(水) 20:30:06.79 ID:AQUcG8kuo

発掘バカは歴史のセオリーも知らずに、邪馬台国は大国に違いないと思い込んでるから始末に悪いw

257 名前:名無しさん@13周年:2019/07/17(水) 20:34:12.29 ID:n7hcnZ5qI

卑弥呼って書くからわからない『ひみこ』『日のみこ』『ひめのみこ』

260 名前:名無しさん@1周年:2019/07/17(水) 20:46:04.96 ID:sqDnQmOM0.net

三国志時代の魏の役人は東も南も区別がつきませんでしたが邪馬台国畿内説。



276 名前:名無しさん@1周年:2019/07/17(水) 21:25:11.02 ID:HPnXLHwy0.net

>>260
そうなんだけど、それ以前にもう畿内説は完全に否定されちゃった。


293 名前:名無しさん@1周年:2019/07/17(水) 21:40:15.79 ID:+7GBB0LU0.net

三国志は日本人のこころの故郷だからね